フランツ・カフカというと「変身」思い浮かべる人が多いと思います。もちろん、「カフカ?誰それ?」という人も少なくないとも思いますが(笑)
カフカを知っていても嫌いという人も中に入るでしょう。ドイツではドイツ語(つまり「国語」)の題材として取り上げられることがあります。このため、生徒用または教師用のカフカ解説なども結構出回っています。私のドイツ人のダンナは、「カフカは我慢できない」というほど毛嫌いしてます。聞きたいことがあったので質問しようとしたのですが、逃げられてしまいました(笑)
実は私もそれほど好きではないのです。太宰治ほど「だめだこいつ」とは思いませんが、まあ、好みの問題ですね。
でも、なぜカフカのしかも「夜に」(1920)というマイナーな作品を取り上げようと思ったのかというと、noteでナスカーチャさんという方がなんともユーモラスな話運びでこれを紹介されていたからなんです(ナスカーチャさんの記事はこちら)。
それで気になってドイツ語原文を探してみたら、簡単に見つかったので、読んでみたら、紹介されていた日本語訳とはだいぶ違う?という印象を受けたので、これは自分で翻訳・解説するしかない!と思ったわけです。文学作品の翻訳を仕事としてしたことはない者がおこがましいかもしれませんけど(笑)
テキスト原文
原文はtextlog.de – Historische Texte & Wörterbücher(歴史的なテキストと辞書)というサイトにありました。下のタイトルをクリックするとそのサイトに飛びます。
Versunken in die Nacht. So wie man manchmal den Kopf senkt, um nachzudenken, so ganz versunken sein in die Nacht. Ringsum schlafen die Menschen. Eine kleine Schauspielerei, eine unschuldige Selbsttäuschung, daß sie in Häusern schlafen, in festen Betten, unter festem Dach, ausgestreckt oder geduckt auf Matratzen, in Tüchern, unter Decken, in Wirklichkeit haben sie sich zusammengefunden wie damals einmal und wie später in wüster Gegend, ein Lager im Freien, eine unübersehbare Zahl Menschen, ein Heer, ein Volk, unter kaltem Himmel auf kalter Erde, hingeworfen wo man früher stand, die Stirn auf den Arm gedrückt, das Gesicht gegen den Boden hin, ruhig atmend. Und du wachst, bist einer der Wächter, findest den nächsten durch Schwenken des brennenden Holzes aus dem Reisighaufen neben dir. Warum wachst du? Einer muß wachen, heißt es. Einer muß da sein.
解説
言葉の解説を始める前に、この超短編、掌編のたったこれだけのテキストはなんなのかちょっと説明したいと思います。
これは、ドイツでは「Parabel(寓話)」に分類されています。寓話とは短い、しかし教訓を含んだたとえ話のことです。
文体からすると、最後の「Und du…」で始まる3行を除いて不定詞や過去分詞だけで成り立っている句が多いため散文詩的です。そして誰と特定することなく、人間一般の眠りについて語りだします。それらがすべて見せかけだけであると断じて、舞台がいきなりきちんとした家もなく天幕のようなものを張って、松明を使うような古代に飛びます。でもそこでも特定の誰かではなく、まだ一般論を展開しているわけですが、「Und du…」のところで唐突に特定の誰か、すなわち「君(du)」が登場します。この視点の転換によって、語り掛けられた見張り(Wächter)としての「君(du)」の特殊性を際立たせています。そしてこの責任重大の見張りは実は作者のことであり、「君」と語りかけて自分自身と対話している、というのが学校などで教える一般的な解釈のようです。
では、言葉自体を解説していきましょう。
nachts 夜に Versunken in die Nacht - versunken は versinken「沈む、(比喩的に)没入する」の過去分詞。in die Nacht は4格(対格)で「~(の中)へ沈む」という方向性を表しているため、「夜に沈んでいる」という訳は不適切。「沈んでいる」という状態を表すならば versunken in der Nacht と3格でその沈んだ場所を表します。 また、過去分詞句として語順が倒置されています。通常の語順は in die Nacht versunken となります。この倒置は訳にも反映するべきかと思います。 So wie ~のように。前句の説明。 man 人。一般論を展開するときに主語として使われます。 manchmal 時に、時々 den Kopf senkt 頭を下げる、首を垂れる um nachzudenken 目的を表す不定詞句。よく考える、思案するために so ganz versunken sein in die Nacht 第1句をもう一度、今度は完了助動詞 sein を含めた不定詞句で再言及し、ganz(まったく)でその動作を強調しています。 Ringsum schlafen die Menschen. 周りに人々が眠っている。 Eine kleine Schauspielerei 小さなお芝居、見せかけ eine unschuldige Selbsttäuschung 無垢な(罪のない)自己欺瞞 SchauspielereiとSelbsttäuschung の両方ともdaß 以下を指しています。 sie = die Menschen、3人称複数の代名詞 in Häusern schlafen 家の中で眠る。この後に列挙される描写すべてがschlafen にかかります。 in festen Betten 固いベッドの中で unter festem Dach 固い(頑丈な)屋根の下で ausgestreckt 体を伸ばして geduckt 体を丸めて、かがめて auf Matratzen マットレスの上で。「敷布団」と訳すこともできますが、「寝台」の意味はありません。 in Tüchern 布の中で(布にくるまれて) unter Decken 毛布の下で in Wirklichkeit 実際には haben sie sich zusammengefunden 彼らは集まった。3人称複数現在完了。「他者と一緒にいる自身を見いだす」が原意。 wie damals einmal かつてのように wie später 後のように in wüster Gegend 荒涼たる場所(土地)で ein Lager im Freien 野外の寝床。これは主語も動詞もなく、ただこのフレーズだけがひょいと挿入されています。 eine unübersehbare Zahl Menschen 計り知れぬ数の人間、人々 ein Heer 軍勢、大群 ein Volk 国民、民族、大衆、群衆 Heer も Volk も先行する「eine unübersehbare Zahl Menschen」の言いかえであるため、それぞれ「大群」「群衆」という訳語が適切と思えます。3つをまとめて「見渡す限り人、人、人」としてもいいでしょう。3回の重複とたくさんの人というニュアンスが出せる訳ならOKだと思います。 unter kaltem Himmel 寒空の下で auf kalter Erde 冷たい土の上で hingeworfen – hinwerfen 「放り投げる」の過去分詞 wo man früher stand – hinwerfen の方向を表す関係文、「人が以前にいたところへ」 die Stirn auf den Arm gedrückt 額を腕の上に押し付けて das Gesicht gegen den Boden hin 顔を地面に向けて ruhig atmend – atmen「息をする」の現在分詞、「静かに息をしながら」 Und du wachst – wachen 見張る、雅語として「目覚めている」。2人称単数現在。英語の watch と同じ語源。 der Wächter 見張り。wachen の派生語。英語の watcher findest – finden 見つける、見いだす、認める、気づく、手に入れる。2人称単数現在。英語の find den nächsten – der nächste 次の人、隣の人、隣人。男性単数4格。文法的には岩波版の翻訳のように den nächsten Wächter(次の見張り)と解釈することも可能。ただ、du = Wächter は見張りの「代表」として語り替えられている、と生徒用の解説にあったので、「次の見張り」を持ち出すのは不自然。 durch Schwenken des brennenden Holzes 燃える薪(または木切れ)を振る(振り回す)ことによって aus dem Reisighaufen 柴・小枝の山から neben dir 君の隣の heißt es そういうものだ。法律のように決まっているというニュアンス。 Einer muß 誰かが~しなければならない
試訳
夜に
沈み込んだ、夜の中へ。思いにふけるために時に首を垂れるように、そのように完全に沈み込んだ、夜の中へ。周りでは人々が眠る。一種の小芝居、無垢な自己欺瞞だ、人々が家の中で、固いベッドの中で、固い屋根の下で、マットレスの上で体を伸ばして、あるいは丸めて、布にくるまれて、毛布の下で眠るというのは。実際には、かつてのように、そして後にもそうであったように、荒涼たる土地に身を寄せ合っている、野外の寝床、計り知れぬ数の人々、大群、群衆、寒空の下、冷たい土の上で、かつていたところに投げ出され、額を腕の上に押し付け、顔を地面に向け、静かに息をしながら。 そして君は見張る、見張りの1人だ、君の隣にある柴の山から取った燃える薪を振って隣人を認める。なぜ見張るのか。誰かが見張らなければならない、ということだ。誰かがそこにいないといけないのだ。
(訳は原文の細切れで羅列されている感じをできるだけ残し、比較的「そのまま」訳しました。)
解釈
その昔、夜とは恐ろしい危険に満ちたもので、しっかりした家を建てて定住するようになる前は一族が集まって身を寄せ合って見張りを立てて眠っていました。このイメージは森の中を荷車兼住居を一族郎党で引きながら放浪し、夜になると荷車数台を輪に並べて仮の砦を作ってその中で眠ったゲルマン民族の習慣に由来するようです。
夜の危険は獣によるものかもしれませんし、敵による奇襲のこともあり得ます。とにかく、そのころはみな危険を承知していたので、見張りを立てて、それ以外の者はそれで安心して寝ていたわけです。
現代は固い石の家を建て、ちゃんと屋根があり、ベッドもあり、毛布にくるまって見張りがなくても安穏と眠ることができると皆錯覚しているが、自分だけは真実を認め、世の中の危険性を(人類のために?)見張っている少数派の1人だという主張のようです。
あえて「教訓」めいたものを引き出すとすれば、「目を開けて、真実を見よ」ということでしょうか。文明の利器や快適さの見せかけに騙されるな、という警鐘と解釈できます。
サイト会員になると無料メルマガ「Mikakoのドイツ語通信」とブログの更新情報の通知をお受け取りになれます。ぜひご登録ください!
Comments