「そもそも外国語を学ぶ意味ってあるの?」と疑問を抱いているあなた!
その感覚は正しいです。
ブログやYouTubeチャンネルなどですでに私のことをご存知の方は、このようなことを私が主張することに驚きを感じることと思います。
私はドイツの大学院で言語学の修士号を取り、英語・ドイツ語はもちろん、修士号を取るための必要性から、あるいは趣味で20ほどの言語を学んだ経験を持つ、よく言えば言語エキスパート、ありていに言えば言語オタクまたは言語マニアですので、「外国語を学ぶ意味ってあるの?」と疑問に思っている方々のおよそ対極にある人間と言って差し支えありません。
それなのに、なぜ「そもそも外国語を学ぶ意味ってあるの?」と疑問を抱くのが正しい感覚だという結論に至ったのか、それを今回はお伝えしようと思います。
ぜひ、そういう疑問を持っている方にも、そういう疑問は持っていないけれど、「将来何かの役に立つかもしれない」と思って英語を勉強しているという方にもお伝えしたい内容です。
私自身のことを言えば、そのような疑問を持ったことは一度もなく、子どものころから、いろいろな外国語に興味を持っていました。きっかけは、「こんにちは」と「愛してる」と6か国語くらいで記された下敷きをもらったことでした。もう何語が載ってたのか正確には覚えていないのですが、英語、ドイツ語、フランス語、中国語は確実に載っていました。外国の言葉を知ることを単純に楽しいと感じた最初の思い出と言えます。
たとえば、音楽が好きな人に音楽をやる意味があるのか聞くことは愚問です。サッカーが楽しくてしかたないという人にサッカーをやる意味があるのか聞くことは愚問です。鉄道マニアに車両の種類や時刻表を調べたり覚えたりする意味があるのか聞くことも野暮です。特定のアニメのキャラやアイドルの熱烈なファンに、そのキャラやアイドルに関する情報を集めて何の意味があるのか聞くのも野暮ですよね。私にとっての外国語や、日本語でもそうですが、言葉の由来などを知って楽しいというのは、そのようなマニアック的な嗜好と変わりがありません。
だから、私にとっては「外国語を学ぶ意味ってあるの?」というのは愚問なのですが、ドイツ語教育という分野に関わっていこうとするならば、もっと広い視野を持つ必要があります。直接的には「ドイツ語を勉強したい、興味があります」という方たちだけを相手にするのだとしても、「より多くの日本人に外国語を学ぶ楽しさを知ってもらう」というのが私のミッションだと考えているので、「外国語を学ぶ意味」というそもそもの疑問も教える側として真剣に捉える必要があると思います。
外国語を学ぶメリットは何か、一般的な例を挙げるのはたやすいです。キャリアのため、ビジネスのため、仕事上の必要性のため、情報収集の範囲を広げるため、研究や教養のため、国際交流・協力のため、視野を広げるため、認知能力を高めるため、ボケ防止のため等々。これからは英語ができないと生き残れない時代が来るなどと言う不安を煽るような意見もありますよね。
それらの是非はともかくとして、メリットや必要性を説くだけなのは一方的だと思うのです。結局のところ、そういう論理は、すでに外国語ができる人あるいは、勉強中の人の自己正当化やモチベーションのための意味の再確認に過ぎないのではないでしょうか。
少なくとも、「そもそも外国語を学ぶ意味ってあるの?」というそもそもの疑問を持つ方々の疑問を持つ背景や事情というものは、そこではまったく考慮されてませんよね。AI時代に外国語を学ぶ意味がどうのとかいう議論は、反論が簡単すぎると思いますし、「外国語を学ぶ意味」を知りたいと思っている方の問題の本質はそこではないと考えています。では、そのような疑問を持つ背景とはどういうものなのでしょうか。
「そもそも外国語を学ぶ意味はあるのか?」
そういう疑問は、私が現在住む、多数の国が陸続きの多言語社会であるヨーロッパでは持たれることがありません。中心的な問は、「何のためにどの言語を学ぶのか」ということです。例えば、「経済大国であるドイツに行けばいい仕事があるかもしれないからドイツ語を勉強しよう」ですとか、「チェコの方が薬などの物価が安く、よく国境を越えて買い物に行くから、そのときに困らない程度にチェコ語を勉強しよう」、「ルクセンブルクやベルギーの方がガソリンが安く、よく国境を越えて買い物に行くから、そのときに困らない程度にフランス語を勉強しよう」、「スペインによく旅行に行くから、買い物やレストラン・ホテルで必要な会話ができるようにスペイン語を勉強しよう」など住む場所やニーズによって対象言語や、目標レベルの違いはありますが、外国語を学ぶ意味自体を疑問視することはまずないと言っていいです。
でも、日本は島国ですし、インバウンド客が増加したとしても、一定の地域を除いてはやはり外国人とは縁がないのが普通の状態だと思います。
実は半年ほど前に、日本の大学の時の同期に再会して、「お前は特殊過ぎる。日本に向けて発信するならそのことを自覚しなきゃいけない。大半の日本人にとっては、外国語と言えば英語で、英語と言えば、『でぃす・いず・あ・ぺん』の世界なんだぞ」というアドバイスを頂いたんですね。それが考えるきっかけになったんですけれども、なかなかうまく消化できないでいたことも確かです。
その後、ドイツ語教育に本格的に携わっていこうと思ってドイツ語教師養成講座を受講して、現代の外国語教育とはどうあるべきかという教育論を学ぶうちに、日本の英語教育のまずさがだんだんはっきりと見えて来ました。現代の外国語教育は、ヨーロッパ共通言語参照枠と呼ばれるガイドラインに現れているように、言語によって何をすることができるのかという言語行動が重視されます。言語を使って買い物ができるのか、自分の生い立ちを語ったり、将来の計画を立てたり、仕事を探して、求人に応募したり、ニュースを読んだり聞いたりして、それをまとめたり、自分の意見を述べたりできるのか。そういう視点です。だからこそ、授業ではそうした言語行動ができるようになるシミュレーションが行われるべきで、またその題材は学習者の興味の持てるもの、学習者のリアルな状況や将来に重要性を持つものであるべきだと言われています。
このため、「そもそも外国語を学ぶ意味はあるのか?」という疑問が出て来るのは、日本の学校の英語教育の失敗の証左に他ならないんですね。
つまり、皆さんは、英語は学校で勉強されてきたわけです。その英語の勉強はおそらく受験に受かるためのものだったのではないでしょうか。皆さんは、英語の試験対策を学んだのであって、英語をどういう場面でどう使うのかという実践的なことはほとんど学ばなかったのだと思います。もしかしたら、授業がつまらなすぎて、まともに勉強することすら投げてしまっていたかもしれません。そして、おそらく、皆さんの英語の先生方はご自身も英語を話せないという方々だったのでしょう。いかがですか?
2019年のTOEFLの平均スコアを見てみると、日本はアジア諸国のなかで下から3番目です。これは日本の英語教育の不十分さを表す証拠の1つです。
アメリカ国防省の付属機関がまとめた資料によると、日本語を母語とする日本人が日常生活に困らないレベルの英語力を身につけるには、およそ2,400~2,700時間の学習が必要であるとのことです。
旧学習指導要領における学校教育では、小中高に大学を加えたとしても、英語の学習時間は1,000時間にも満たないとされており、圧倒的に時間が足りていなかったことが示唆されています。
2020年から小学校の英語教育が必修化されたために、この不足学習時間を補うチャンスはあるのですが、早期の英語教育をきちんと担える人材が各小学校に確保できるのかどうか課題はいろいろとあると思います。
けれども、その前に、この子どもたちにとって英語を2,400~2,700時間費やして学習する意味は何なのか考えるべきじゃないでしょうか。使えるようになってどうするの?という視点です。
すでに大人になってる皆さんが、外国語を学ぶ意味を疑問視しているということは、現在英語ができないということで、また、英語の勉強というと学校で受けた英語の授業のようなものしか思い浮かばないということだと思います。それで、そのような勉強をする意味があるのか疑問に思うのは当然です。なぜなら、皆さんが経験した学校での英語教育に受験対策以外の意味がないからです。
時間は限られた貴重なリソースです。私もなぜ一日に24時間しかないのだろうと思いながらやりたいこと、やってみたいことに優先順位をつけ、意味がないと思えることはすっぱりと切り捨てるということをしています。私はたまたま外国語を学ぶことに疑問を抱くことはありませんでしたが、皆さんが自分にとって英語を勉強する意味が見いだせなかったのであれば、世間の圧力や趨勢はどうあれ、「そもそも意味があるのか」と疑問視することに正当性はあると思います。そのような疑問を持つ皆さんは、ただなんとなく「いつか役に立つかもしれないから」という理由で英語を勉強している方よりも合理的な考え方をしているとも言えます。
学習者のリアルな状況や将来に重要性を持つものを題材として外国語の授業を構成するべきであることは先程述べましたが、学習者視点で言い換えれば、外国語を学ぶ際は、自分のリアルな状況や将来に重要性を持つ題材や分野を優先的に学ぶべきであるということです。なぜかと言えば、その方が学習効率もよく、また、「自分にとっての重要性」が内的モチベーションとなり、学習効果が高い、つまり身に付きやすいからです。
具体例を挙げれば、東京でタクシーの運転手をしている方が、東京オリンピック開催(するかどうかは怪しいですが)で見込まれる外国人客に対応するために英語を勉強したいのであれば、「ディス・イズ・ア・ペン」や「ハウ・アー・ユー?アイム・ファイン・サンキュー、アンド・ユー?」という英会話から始めるのは的外れです。この方に必要なのは、外国人客の可能な行先の英語名称、「どちらまで?」「xxxになります」「支払いは現金ですか?」「領収書はいりますか」といった想定される会話の英語フレーズ、料金を伝えるための数字です。そして、いざという時に必要な英語フレーズが出せるように、ロールプレイイングなどでタクシー運転手として遭遇する可能性のある状況をシミュレーションし、練習しておくことで、この方の英語学習のニーズは満たされるわけです。そのために数百時間を費やす必要性はありません。
同様のことは飲食店や商店の経営者や店員、ホテルや旅館などの従業員、社長が外国人に代わった会社の社員などにも言えます。個人的に英語が必要となる可能性のある具体的な状況があることを前提とし、まさにその状況に備えるための英語を勉強するのが王道、つまり、意味のある効果的な勉強と言えます。そのように目標を絞ることによって、学習する必要のある範囲が限定されるので、短期間に成果が出やすく、その達成感が自信につながっていきます。自信が付いてから欲張って範囲を広げていくのもいいですし、これだけできれば満足と思えれば、それでもよいわけです。
「そもそも外国語を学ぶ意味があるのか」と疑問視する皆さんは、おそらくそのような英語が必要となるかもしれない状況を想定できないのだと思います。ですが、もしかしたら、これまでに英語ができないからと言って逃げてしまったという状況がなかったでしょうか。例えば、明らかに困った様子の外国人に質問されるのを避けるために巧みに目をそらしたとか。もしそういうことがあったのでしたら、考えてみて欲しいのです。その人は単にトイレがどこか知りたかったのかもしれませんし、電車の乗り換えをどうしたらいいのか分からなかっただけかもしれません。ごく単純な答えでその人を助けてあげることができたかもしれません。でしたら、その「ごく単純な答え」を言える程度の英語を身につけたいとは思いませんか。もし、そう思えたのでしたら、可能な問題を想定し、それに関する語彙や典型的な言い回しを英語をできる人に教えてもらって練習すれば済みます。中学でやった英語を復習する必要などないのです。具体的な状況を想定して、そのときにありそうな会話をシミュレーションすることが「使える」英語を身につける最適な方法です。そうすれば、似たような状況に遭遇したときに今度は逃げなくて済むわけです。消極的なモチベーションかもしれませんが、「逃げなくても大丈夫」という安心感は重要な価値だと思います。
「AIによる自動翻訳・通訳があれば外国語を勉強しなくてもいいのではないか」という問いかけは、中学や高校のときのような英語の勉強したくないという気持ちと、英語ができないことによって逃げ腰になっている状況を解消したいという願いがないまぜになった淡い期待感だと思うのですが、いかがでしょうか?
AIによる自動翻訳・通訳が現在はまだ非常に限られた範囲でしか有用ではなく、近い将来もプロの翻訳者・通訳者がAIに取って代わられる可能性は低いです。これは、私自身が、機械翻訳されたものを校正するといういわゆるマシントランスレーション・ポストエディティング(MTPE)という業務に携わることがあるから断言できることです。
今現在有用な範囲くらいのことでしたら、機械に頼らずに直接片言でも覚えてコミュニケーションした方が速いです。機械は言葉しか翻訳することはできませんが、人間のコミュニケーションは言葉だけで成り立っているわけではありません。身振りや手ぶり、表情、そして言葉には発せられていないその場の文脈のほうがむしろ重要なことが多いので、どうしてもワンテンポ遅れる機械はコミュニケーションを阻害するマイナス面の方が大きいのではないかとも思えます。
いずれにせよ、人生の貴重な時間を何に使うのかを決めるのはあなた自身です。だから、世間で重要と言われている外国語の勉強であっても自分にとっての意味や重要性を考えるのは大切なことです。もし、私の話で英語の勉強が思ったほど大変なことじゃないかもしれない、この程度のことならやってみてもいいかもしれないと思えるようになっていただけたのでしたら、喜ばしい限りです。でも、「どう考えても自分には英語ができた方がいいかもしれない状況が思い浮かばないから勉強も必要ない」という結論を出したとしても、人生は人それぞれですから、それでいいと思います。
また、いままで「いつか役に立つかもしれない」と英語を勉強していらっしゃった方は、もう一度、勉強するご自分にとっての意味を考え直して、明確な目標をもって効果的な勉強をすることをお勧めします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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