ドイツ語の「tun」は英語の「do」と語源を同じくし、「する」という最も一般的な意味の動詞です。
ただし、英語の「do」のように疑問文での文頭に助動詞として使われたり、動詞の否定形として使われることはありません。
Tun 迂言法
一般的に「tun」の助動詞的用法は「ないもの」とされていますが、地域によっては(特に南ドイツ・オーストリア)当たり前のように頻繁に使われています。
例:
1)Ich tue basteln. 標準語: Ich bastle.
2)Ich täte so nicht sagen. 標準語:Ich würde so nicht sagen.
こうした口語表現は、Tun-Periphrase(Tun 迂言法)と呼ばれています。このような用法に地域的な偏りがあることは下の地図から明らかになります。1)の用法が赤い丸で2)の用法が青い四角形で示されています。
標準語ではこの二つの用法は正しくないとされており、あくまでも「地域的特徴」として知られているのです。このため、助動詞的な tun を多用する地域以外のドイツ語の母語話者の中には、こうした用法を「文法を理解していない人しか使わないもの」として断罪し、タブー視する人もいます。つまり「あってはならない」用法なのですね。
では、この地図で偏りがあまりなく分布している黄色い三角形はなんでしょうか?
Tunのトピック用法
これは、Tun-Topikalisierung(Tunのトピック用法)とも呼ばれるもので、動詞をトピックとして強調するために不定詞として文頭へ移動させ、tun が文法的な本動詞の役割を果たす構造です。
例えば、「Ich lerne nach Laune.(私は気分によって勉強する。)」という文章があったとします。この文章においては「Ich(私)」が主語であると同時にトピックです。
Lernen(勉強する)をトピックとすると、
Lernen tue ich nach Laune.(勉強するのは気分による。)
のように、lernen(勉強する)という動詞が不定詞として文頭に移動し、tun の人称変化形が第二位置に来ます。日本語でも「勉強するのは」と文頭に来て、「の」によって動詞を名詞化し、「は」によってトピックとしてマークしているので、日独両語に共通する現象だと言えます。
最初の説明だけでは抽象的でピンと来ないと思いますが、こうして具体例をドイツ語と日本語で並べてみれば、その類似性に気づき、納得もできるのではないでしょうか。
もちろん主語は何でも構いません。
Singen tut sie gern.(彼女は歌うのは好きだ。)
Tun 迂言法の中でも、このトピック用法に限っては地域的な偏りなく使われます。なぜなら、この場合の tun は統語法・文法上の機能を果たしており、これなくして文法的に正しい文が作れないからです。このため、Duden Spracheliche Zweifelsfälle. Das Wörterbuch für richtiges und gutes Deutsch (9. Auflage, 2021)ではこのトピック用法に限り「正しい」としています。
ドイツ語の規範である Duden が「正しい」と認めているということはつまり、書き言葉としても許容されることを意味します。
だから新聞などにも「Finanziell lohnen tut sich das trotz aller Vorurteile nicht. (金銭的なメリットがあるとはー様々な先入観があるにせよー言えない)」のような文が書かれるわけです。
まとめ
他の動詞の不定詞を伴う「tun」の助動詞的用法は、それがその動詞のトピック化に文法上必要な場合に限り標準ドイツ語で正しいと認められ、書き言葉としても許容されています。
文法上の必要性がないそれ以外の「tun」の助動詞的用法は地域的に偏りのある口語表現であり、標準ドイツ語では正しくないとされているため、当然書き言葉としても許容されません。
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