ドイツ語の正しい発音をするうえで日本人が注意すべき点がいくつかあります。
カタカナ表記は忘れましょう
まず、ドイツ語の発音をカタカナ表記で覚えることはやめてください。カタカナは日本語の音韻構造に合わせて発展してきた表記システムであり、母音のみまたは子音と母音を1つずつ含む1音節に1文字があてられるため、STRなどの子音の連続の表記ができず、必ずその間に母音を入れて「ストル」と表記します。この余計な母音によって、カタカナ的発音はドイツ語の正しい発音からかけ離れたものとならざるを得ず、ドイツ語としてまったく通用しません。
Bahn「バーン」のようにカタカナ読みでも大丈夫な単語はあるにはあるのですが。
母音の質の違いに気をつけましょう
ドイツ語の母音には「あ」を除くと日本語の母音と同質のものがありません。
基本的に日本語の母音「あいうえお」には緊張感がなく、口をあまり動かさずに発音します。このため、ドイツ語の母音を発音するときはかなり意識して口を動かさないといけません。
ドイツ語の母音には a ä e i u ü o ö があり、これに二重母音 ai/ei, au, eu/äu が加わります。英語やフランス語からの借用語では原語の発音に近い発音がされるため、これはこれで別に注意が必要です。
まずはドイツ語の注意が必要な母音を1つ1つ見ていきましょう。
【Ä】
A-Umlautと呼ばれ、Aの舌の位置を持ち上げて口を半開きにし、日本語の「え」に近い発音ですが、やや舌の位置が低いです。国際音声記号では[ɛ]と表記されます。
【E】
Eは長音であれば、国際音声記号では[e]と表記されます。日本語の「え」よりも舌の位置が高く、口を横に広げるようにして発音します。「え」と「い」の中間くらいの音です。
短音であれば【Ä】と同じ[ɛ]です。
例:Effekt [ɛfɛkt]
スペルは同じ「e」でもアクセントがないと曖昧母音と呼ばれる [ə] になったり、発音されなかったりするので注意が必要です。曖昧母音とははっきりとした特徴のない中性的な母音のことです。
例:Leben[le:bən]または[le:bn]。決して「レーベン」とは発音しません。
【I】
日本語の「い」よりも舌の位置が前に来るため、口をかなり横開きにしないといけません。思いっきり力んで「イー」と言って前歯を見せる感じです。
ドイツ語では前舌の[i]と中舌の[ɨ]を区別しないので、日本語の「い」のままの発音でも誤解されることはありませんが、「らしく」聞こえるためには力んだ[i]で発音しましょう。
Iが短い場合はやや舌の位置が下がります。国際音声記号では[ɪ]と表記されます。これでも日本語の「い」よりはテンションが高い感じです。
【U】
uの音は特に注意が必要です。日本語の「う」は唇を丸めない非円唇の[ɯ]ですが、ドイツ語では円唇の[u]です。唇を思いっきり尖らせて発音します。
日本語の「う」のままたとえば「クーヘン」と発音しても、他に似た音がないために一応「Kuchen」であることが認識されますが、かなり怠慢でいい加減な発音だと誤解されかねませんので、口周りの筋肉の運動だと思ってぜひ口を尖らせて発音しましょう。
Uも短音である場合は舌の位置が下がります。国際音声記号では[ʊ]と表記されます。長音ほどの緊張感はありませんが、口を尖らせる円唇音であることには変わりありません。
【Ü】
U-Umlautと呼ばれ、ドイツ語のアルファベットが入力できない場合などは「ue」とも書かれます。国際音声記号では[y]と表記されます。ギリシャ語からの外来語の中に含まれるY(例:Chrysantheme 菊)も同じ発音です。
カタカナでは「ユ」と書きますが、似て非なる音です。「ユ」の発音は[jɯ]、子音+母音の音節ですが、[y]は1つの母音です。uの発音同様に口を尖らせたまま、舌を前に出して「イー」と言う感じです。日本人には非常に難しい母音ですので、集中的に練習する必要があります。
üとjuの実演動画
たとえばカタカナ的発音「ヒュッテ」でも他に似た音がないために一応「Hütte」であることが認識されますが、変な訛りであることには変わりありません。
【O】
「o」とスペルされる音も長短で二種類あります。長母音であれば、口をとがらせる[o](例:Ofen[o:fən])、短母音であれば口を半開きにして舌の位置をやや下げた[ɔ](例:offen[ɔfən])となります。
長音かそうでないかで「o」の質が変わるだけで、質の違いだけで単語の意味が区別されることはないため、意思の疎通に重要というわけではありませんが、長音を[ɔ]で発音するとやはりかなり変な感じがします。
日本語の「お」は[o]と[ɔ]の中間に位置しているので、長短両方に使ってもさほどの違和感は生じさせませんが、長音の時は意識して口をとがらせ、短音の時は意識して口を開くようにするとなおいいですね。
【Ö】
O-Umlautと呼ばれ、ドイツ語のアルファベットが入力できない場合などは「oe」とも書かれます。国際音声記号では長音の場合は [ø]、短音の場合は[œ]と表記されます。
[ø]は[o]を発音するときのように口を尖らせたままで[e]発音するときのように舌を前に出して発音します。
似たように[œ]も[ɔ]のように口を半開きにしたまま[ɛ]を発音するときのように舌を前に出して発音します。
日本では「お」の口の形を作って「え」と言うみたいに教わると思いますが、正確には長短で質に違いがあるので、注意してください。
下の図は舌の位置(前後・上下)と口の開き具合によって母音の質の違いを国際音声記号で表したものです。
口の中をイメージして作成された図なので、試しにこの図にそって舌の位置を変えてさまざまな母音の発音してみてください。ちなみに日本語の「あいうえお」は、[a(広・前舌)ɪ(広めの狭・前舌め)ɯ(狭・口舌・非円唇)e̞(中央・前舌) o̞(中央・後舌・円唇)]です。
スペルと発音の違いに注意が必要な二重母音
【EU/ÄU】
EUは発音が難しいわけではなく、スペルが発音とかけ離れている点に注意する必要があります。EUが欧州連合の略称であれば「エーウー」のように発音しますが、それ以外では「オイ」[ɔʏ] です。ギリシャ語からの外来語であっても原語の発音ではなく[ɔʏ]とドイツ語式に発音します。
例:Zeus[tsɔʏs] 「ゼウス」ではなく「ツォイス」。
ÄUもEUと同じ発音です。
【EI/AI】
EIもスペルと発音が異なり、[aɪ] と発音します。日本語の「あい」と同じなので発音の問題はありません。
Laib などのようにまれにAIで[aɪ] と発音する単語もあります。人名の場合はこのほかにEYやAYなどのバリエーションもあります。ありふれた名字の「マイヤー」にはMeier、Meyer、Maier、Mayerなどのスペルが可能です。
母音に関連して特筆すべきドイツ語の特徴は、実はドイツ語には母音で始まる単語がないということです。アルファベット表記ではもちろん母音で始まっていますが、実はその母音の前に無声の声門閉鎖音[ʔ]があるため、前の単語が子音で終わっていても、それとつなげて発音することがありません。たとえば英語では in an open space は「イナノゥプン・スペース」[ɪn ən óupən speɪs]と発音されますが、ドイツ語では in einem offenen Raum は「イン・アイネム・オフェネン・ラウム」[ɪn ʔaɪnɛm ʔɔfənɛn ʁaum]のように区切って発音されます。
これは1つの単語の中でも複合語の要素として母音で始まる語が入っている場合も同様です。
例:Interaktion 「インターアクツィオーン」[ɪntə(ʁ)ʔaktsɪo:n]。英語の「インタラクション」のようになりません。
ドイツ語が「固い」とイメージされる理由はこの辺にもあるのでしょうね。
母音の実演動画を作成しましたのでご覧になってみてください。
発音の難しい子音
日本人にとって発音が難しい子音は何といってもRとLでしょう。母音の質が少々違っていてもご愛敬で済みますが、RとLはきちんと区別できないとシャレになりません。
例:Land と Rand、lang と Rang
RとLは Liquiden 流音と呼ばれ、言語によってまたはその語中の位置によってやや発音に違いがあります。
日本語にLが存在しないのは周知のことですが、日本語のRはドイツ語のRとはかなり性質が違います。
【L】 ドイツ語のLは英語のように語末だと母音のように暗くなるということがなく、どの位置でも明るいLです。明るいLの発音は日本語にないので説明がややこしくなるかもしれませんが、舌先を歯の裏にくっつけ、息を舌の両脇から吐き出します。TやDを発音するのに似ていますが、舌先をはじかずに歯の裏にくっつけた状態を維持するのが特徴です。
【R】
ドイツ語のRの発音は地域によって違います。南ドイツでは舌先を巻いて発音する[r]なので、日本語のRに近くなりますが、標準語ではなく、江戸っ子のべらんめい調の巻き舌Rを意識するといいかと思います。ちなみに標準日本語のRははじき音[ɾ]です。
ドイツ語の標準語のRは「Zäpfchen-R(口蓋垂のR)」と呼ばれるように、口蓋垂(喉ちんこ)を震わせて発音します。国際音声記号では[ʁ]と表記されます。舌先は動かしません。うがいをする要領で音を出してみてください。これは日本人には難しい発音で練習が必要ですが、一度覚えると、舌先を使わないため、発音の上でLと混同することがなくなるという利点があります。
まあそれでも literarisch などと両方の流音が入っている単語を自然に発音できるようになるにはさらなる練習が必要なんですけれども。
Rは語末ではほとんど発音されず手前の母音が少々伸びるだけのことがあるため、[(ʁ)]のようにかっこに入れて表記されます。
例:Vater [fa:tə(ʁ)] または[fa:tə']。「ファーター」というカナカナ的発音でも問題はあまりありませんが、「ター」は「ファー」の半分くらいの長さで、母音は曖昧母音なので、はっきりと「ター」と「あ」の音が認識されるように発音するとかなり変ですので気をつけましょう。
このほかに注意が必要な子音は以下の通りです。
【F/V】
FとVは外来語でない限り同じ発音で[f]です。また、ギリシャ語からの外来語にあるPHも発音はFと同じです。
日本語の「ふ」はローマ字でFUと表記されますが、これは両唇摩擦音の[ɸ]で、[f]は唇歯音です。唇歯音とはその名が表す通り唇と歯で音を生成します。上前歯で下唇を軽く噛んで息を吐くと[f]の音になります。
例:Vater [fa:tə(ʁ)]
【W】
ドイツ語のWは有声唇歯摩擦音の[v]です。発音の原理は上のF/Vと同じですが、息を吐く際に声帯を振動させます。と言うと難しく聞こえるかもしれませんが、日本語の「がざだ」などの濁音と同じ要領です。あえてカタカナ表記すると「ヴ」となります。上前歯で下唇を軽く噛むことを意識してください。
日本人ならおそらく誰でも知っている自動車メーカー「Volkswagen フォルクスワーゲン」は、英語的発音とドイツ語的発音をミックスした恐ろしく間違ったカタカナ表記で、「正しく」ドイツ語的発音をカタカナ表記すれば「フォルクスヴァーゲン」となります(英語的発音ならば「ヴォルクスワーゲン」)。余計な母音が入ってしまうため6音節8拍になってしまいますが、原語では3音節4拍[folks.va:gən]です。
【PF】
PFはいかにもドイツ語的な子音の連なりですが、PとFを別々に発音しようとするとかなり困難をきたします。カタカナ的発音の「プフ」などはもってのほかです。
発音のコツは、あらかじめ上前歯で下唇の内側を軽く噛んだ状態で「プ」っと息を吐くことです。そうすると両唇破裂音のPの発音とほぼ同時に唇歯摩擦音のFが生成されます。試しにやってみてください。「プフ」と意識するよりもずっと発音が簡単なはずです。
【CH】
CHは先行母音がIやEなどの前舌母音であれば[ç]、UやOなどの後舌母音であれば[x]と発音します。
[ç]は「ヒ」に近いですが、もう少し口を横に開いてやや力んで発音します。正確に言うと、前舌面を硬口蓋に接近させて気流を妨げることで生成される摩擦音です。ドイツ語ではIch-Laut(Ichの音)と呼ばれます。カタカナ表記では「イッヒ」が定番ですが、つまる音「ッ」のような二重子音ではなく、単純な子音です。国際音声記号では[iç]となり、もちろん「ヒ HI」のようにIの母音はありませんので注意してください。「イッヒ」だと3拍ですが、[iç]は1拍なので、リズム感も全然違うことを知っておいてください。
なお子音の後のCHも[ç]になります。
例:Milch「ミルヒ」[mɪlç]
[x]はAch-Laut(Achの音)と呼ばれ、「ハ」に近い発音ですが、音の出どころはHのように咽頭ではなく、軟口蓋です。後舌面を軟口蓋に接近させて気流を妨げることで生成される摩擦音です。「アッハ」という定番のカタカナ表記に惑わされず、余計な母音を入れずに1拍で[ax]と発音しましょう。
【SCH】
SCHまたはTとPの前のSは「シュ」という音に近い[ʃ]です。日本語の「シュ」とは違って、唇をすぼめて発音します。微妙な違いですが、日本語訛りから脱皮したいのであれば気を付ける必要があります。
【N】
意外に思われるかもしれませんが、Nの音は語末では要注意です。日本語の「ん」は通常口蓋垂鼻音[N]で、な行の鼻音は歯茎鼻音[n]です。ドイツ語では語末でも歯茎鼻音[n]ですので、「ん」にならないように気を付けてください。場合によっては「ng」と勘違いされる可能性もあります。「ん」でも「ホンダ」というときの「ん」のようにた行・だ行の音の前の「ん」であればOKです。
【NG】
NGは「ング」のように余計な母音「u」を入れません。軟口蓋鼻音[ŋ]は日本語にもありますが、「お母さんが」というときの「ん」のようにか行・が行の音の前のみで発音されます。
Achtungはしいてカタカナ表記すれば「アハトゥング」ですが、このままカタカナ読みすると5拍になってしまいます。実際にはAch.tung[axtuŋ]の2音節、2拍しかありませんのでご注意ください。
【J】
Jは英語やフランス語と違ってドイツ語では「ジュ」[ʒ] ではなく、英語のYのように発音します。国際音声記号では[j]です。Jという文字は本来Iの派生形で、Iを子音化した音(正確には半母音)を表していたので、それがそのままドイツ語にも国際音声記号にも反映されているのです。英仏語のJの発音の方が後世の発展形なんですね。
[j]は基本的にはや行の音で構わないのですが、Iの質の違い同様、ここでも歯が見えるほど口を横に開いて力んで発音するとドイツ語らしくなります。
二重子音
Bitteのように子音が重ねられる場合でも、正確には二重子音ではなく、その前にある母音が短いことを示します。Bitte は「ビッテ」ではなく「ビテ」[bitə]なのです。
Jackeのようにckと異なる文字を連ねる場合も同様で「ヤッケ」ではなく「ヤケ」[jakə]と発音します。
日本でもそこそこ知られている哲学者ハイデッガー Heidegger も「ハイデガ」[haidɛgə(ʁ)]と発音します。
ドイツ語の正確な発音は日本語の発音に比べるとかなり口周りの筋肉を使うので、慣れないうちは筋肉も言うことを聞かないし、練習しすぎれば筋肉痛(?)になるかもしれませんが、慣れればなんとかなります。頑張って「脱日本語訛り」を目指しましょう。
スペルと発音の違いに注意が必要な子音
日本人にとって発音自体は難しくないものの、長年の英語とのおつきあいでついつい間違ってしまうのが【S】と【Z】です。
【S】
Sは有声音、つまり日本語の「ざ」、英語のZに相当します。Sahneを「サーネ」などと発音しないように気をつけましょう。あんまりおいしそうな響きはしませんが、「ザーネ」[za:nə]と発音します。サワークリームは Saure Sahne「ザウレ・ザーネ」[zauʁɛ za:nə]です。
【Z】
Zは「ツェット」とカタカナ表記されるとおり、「ツ」の音から母音を抜いた音に相当します。国際音声記号では[ts]と表記されます。
英語のZのように濁音で発音しないように気をつけましょう。
このほか、ドイツ語独特のアルファベットに「ß」があります。SとZを組み合わせた文字なので「Eszet エスツェット」と呼ばれます。発音は無声、日本語の「さ」から母音を抜いた音、英語のSに相当します。新正書法の導入に伴い、ほとんどが「ss」に取って代わられましたが、長母音の後では「ß」が残されています。
例:außer [ausə(ʁ)]、heißen [haisən]
【G D B V】
ドイツ語では語末あるいは子音の前のGDBがKTPと発音されます。この有声音(濁音)が無声音(清音)に代わる現象のことを語末音硬化 Auslautverhärtung と言います。
例:
Steg [ʃte:k] - 複数形は Stege [ʃte:gə]
Land [lant] - 複数形は Länder [lɛndə(ʁ)]
lieb [li:p] - 複数または女性計単数は liebe [li:bə]
「V」は前述のとおり基本的には「F」と同音ですが、外来語の場合は有声音「ヴ」[v]で発音します。しかし語末では語末音硬化の規則に従って無声音になるという厄介なものです。
例:effektive [ɛfɛkti:və] - 格変化なしでは effektiv [ɛfɛkti:f]
子音の実演動画を作成しましたので、ご覧になってみてください。
この動画の最後の方でeffektivの意味を「効率的」と言い間違えてしまったのですが、正しくは「効果的」ですので、ここに訂正させていただきます。
それぞれの単語の正確な発音は音声付きの辞書(https://www.duden.de/ の「Aussprache」の項目など)で音声データを聴いて確認してください。
Comments