フェルディナント・フォン・シーラッハの『Der Fall Collini』は「コリーニ事件」として邦訳も出ており、映画化もされている知る人ぞ知る作品です。
豪華なホテルの一室で起こる殺人事件。
殺人者コリーニは自分が立った今射殺した老人ハンス・マイヤーを何度も何度も蹴る。気が済むまで。
そして、ホテルのロビーに降り、警察を呼ぶように従業員に言い、警察が来るまでロビーのソファに座って待つ。
駆け出しの弁護士である Leinen ライネンは若手弁護士が皆そうするように、国選弁護人のリストに名前を登録していた。コリーニの件で呼び出しを受け、その夜のうちに弁護を引き受ける。彼にとって初めての殺人事件の弁護。
ここで話はライネンの子ども時代に飛びます。彼の親友フィリップ、その姉のヨハナ、姉弟の祖父ハンス・マイヤーとの思い出。フィリップとその両親の死、イギリスへ行ってしまったヨハナ。
そのヨハナによって、ライネンは殺されたのが彼女の祖父のハンス・マイヤーであることを知る。書類にはジョン・バプティスト・マイヤーと記載されていたので、それがかつてよく遊んでくれたハンス・マイヤーであったとは夢にも思わなかったのだ。
ライネンはコリーニの弁護を降りようとする。しかし、ヨハナ側の被害者参加弁護士の依頼を受けたベテラン弁護士の Mathinger マティンガーに「被告との信頼関係が成立しなくなったのでない限り弁護士は被告に対する責任を負い弁護士としての仕事をすべきだ」と諭されて思いとどまる。
被告コリーニは罪を認め、どのようにハンス・マイヤーを殺したのかについての発言はしたが、動機については黙秘を続ける。殺人の証拠と自白があるため、動機が不明であっても有罪判決が出ることはほぼ間違いなかったが、ライネンは武器に使われた拳銃からヒントを得て、Bundesarchiv – Außenstelle Ludwigsburg 連邦文書館ルートヴィヒスブルク分館で膨大な資料を掘り起こす。
ライネンが掘り起こしたのは、戦後ドイツの法治国家の最大の汚点とも言える法改正によって罪に問われることのなかった第二次世界大戦中のナチスによる市民に対する虐殺行為だった。
本書は少々後味の悪い結末なのですが、著者が様々な作品を通して世に突きつける「罪悪とは何か」という問いが、ここではより大きなスケールで提示されています。
シーラッハは淡々とした簡素な文体で、多少の法律用語を除けば平易なドイツ語なので、B2レベルのドイツ語力があれば問題なく読めます。こういった話が好きな方はぜひ原文で堪能してみてください。
難を言えば、ストーリーにメリハリや盛り上がりがなく、全体的に平坦な語り口であることでしょうか。平坦であるがゆえに衝撃的な事実が浮き彫りになるという効果がなくもないですが、小説にエンタメを求める読者には不向きかもしれません。
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